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競馬コラム…2009.05.07

競馬新聞に言いたい事!

競馬の予想に「展開」を加味したのは(故)大川慶次郎氏だった!

「競馬の神様」と呼ばれた同氏だが、私が競馬に興味を示し始めた頃には、すでこの敬称は代議士を先生と呼ぶ感覚と同じ程度でしかなった。( …おそらく、大半の競馬ファンが覚えているのは有馬記念の『 ライアン!ライアン! 』の叫び声でしかないだろう! )

同氏が全レース的中( パーフェクト )を何度も果たした頃と今の競馬予想は完全に別のモノになっているのは誰もが分かるだろう…それでなくても、馬券の中心が単勝・枠連しかなかった時代ではないのだから。

とは言え、いくら馬券種類が限定されていた時代でもパーフェクは偉業の成果であり、同氏の名声を過小評価するのは早計である。それよりも、同氏の競馬予想の根本となっていた「パドックでの体調確認=相馬眼」や「騎手の技量評価と馬の脚質評価」をもっと賞賛すべきだろう。

ここで、大川氏のことを引き合いに出したのには訳がある。同氏が競馬新聞社の関係者だったから…

…最近、競馬新聞( 専門紙・スポーツ紙全て )でどうしても腑に落ちない・納得できない予想が一つだけある…それは調教タイムのみを重視して「好調教馬を推奨する予想」である。( …大川氏はパドック状態での相馬眼を重視した人であり、調教の良し悪しで予想はしなかった。プロの調教に第3者が判断を付けるなど土台不可能であり、さすが大川氏は道理に適った人だった! )

これが通用するのは新馬戦くらいしかなく、しかも、せいぜい有効なのは1200m以下の短距離戦でしかない。それでさえ、血統・枠順・展開・馬の気性などで大きく結果が変わってしまうのだ。

そもそも、年中馬に触れている担当厩務員や調教師でさえ、明確に馬の能力の限界を知ってはいない。馬主から預託されている大事な馬を限界まで、またはそれ以上に鍛え上げることなどほとんど不可能だからだ。

私の知る限り、それを行なったのは関西に坂路が導入された時の(故)戸山調教師=現森調教師くらいで、彼らでさえ馬の故障覚悟で実験的に行なったの過ぎないのだ。だから、本来単に心肺機能の強い馬でしかなかったミホノブルボンが名馬になれたのだ。

なのに、巷の競馬新聞はいまだに調教タイムで紙面を埋め、本音を語らない関係者のコメントを載せているのが納得できない。これでは「予想紙」ではなく、まるでタイム分析やコメント予想に頼る一般ファン用の単なるデータ表でしかない。

そんなモノに毎度毎度1部450円もかけて専門紙を買う人が増えるハズもなく、とどのつまり、あてにされなくなるのは当然だろう。だったら、毎週競馬を楽しむ人なら、月々1000円程度でJRA・VANに加入した方が得策だろうし、たまに競馬を楽しむ人なら、一般スポ-ツ紙を見れば充分だろう。

では、何が予想に必要な真の調教材料になるのか?…これを考えた時に、今ある新聞の形態を基調にした場合、私は以下の2項目の変更・改善点を提言したい。

…調教欄では、該当馬が過去に出した最高調教タイムを表記すること。もちろんそこには誰が乗り、どのコースで追われ、どんな馬場状態だったかが明記していなければならない……軽量の騎手と重量ある担当助手との違いも分かるし、出走馬同士の限界値の比較ができるし、過去の走破タイムとの比較でやる気や勝負度合を測れるからだ。また、これ以上の活用方法は調教欄にはないだろうし…

…今は前回の直前調教が調教欄の上部に載っている形が多いが、これなど何の役にも立たないのは明白だ。何しろ、大方の競馬ファンだけでなく、プロの予想家でさえ、結果解説に用いようともしないのだ。つまり、調教タイムで優劣を判断するなど、これ以上ない危険なモノであるのを証明しているのだ。( …何より、プロと呼ばれるトラックマンでも外見から馬の状態・調子を評価できる者など誰一人いない!…これができたら世界に通用する超一流調教師になれる! )

…勝負が懸かっている調教師や担当厩務員が本音を語らないのは当然。したがって、コメント欄として必要なことは、どんなレースを馬にさせるかを公言したモノだけを記載するしかない。つまるところ、究極コメント欄は不要になるだろう…大事な戦術を公開するような厩舎がある訳ないからだ。

…現在の騎手では、中舘騎手のみが常に先行競馬をするだけで、騎手自身が特徴ある騎乗をする者がいなくなった。これでは、騎手による展開予想は全くできない訳で、各馬のそれまでの脚質でレース展開を予想するしかない。したがって、ある程度レース数をこなさなければ脚質など判断できない。

そもそも脚質とは馬自身の気性や調子により作られるモノで、例えばスピード性能に優る有力馬の前を暴走覚悟で逃げた馬がいた場合、有力馬が勝った時の脚質は先行と表記される。実際には逃げと変わらないのに「抑えも効く」と誤認してしまうだろう。つまり、本来同一であるはずの脚質と馬の気性が別モノと表記されるのが問題なのだ。

この好例が今年のリーチザクラウンだろう……初めてのレースでとまどった可能性もあるが、小牧太騎手が中団に控えてレースを進め、最後はアンライバルドに届かなかったもののブエナビスタには先着した。これはおそらく、同馬は単なる逃げ馬ではなく、小牧太騎手以降に乗った騎手が競馬を覚えさせられずに今の状況になったのが推察できる…

…きさらぎ賞を勝つほどの期待馬だったが、新馬戦という一番大事なレースで学びかけた「折り合い」を、それ以降の騎手が厩舎事情から勝ちを意識しすぎて今の気性にしてしまったということだ。

これが皐月賞での惨敗につながった訳で、そもそも騎手をコロコロ変えている馬は強くないことの証明でもある。( …今年の場合、この逆がトライアンフマーチ。ただし、この馬は元々強い馬ではない。本当に強ければ、今JRAで一番の調教師がデビューから武幸くんなど乗せるものか! )

例えはさておき、上記1・2項目が競馬新聞に改訂をお願いしたい!

とは言え、私個人的には別に誰がどんな予想をしようとも一向に気にしてはいない。ただ、曖昧この上ない調教タイムを予想の軸にしている予想家がいるのが信じられなかったのだ。( …始終個々の馬を見ている訳じゃないのに、単に調教タイムの良し悪しで馬同士を比較するなどおかしなことだし、何より、調教師の調教にケチをつけているようなものだから! )

私自身は、できれば新しく変わった予想が出てくれば面白いと思っている。「サイン読み」も面白いし、「タイム指数」も外面的には説得力はあるし、「血統統計予想」も距離性の参考くらいにはなるだろう。あてにはならないが、それぞれ特徴あるモノだし、何より知識的に競馬が楽しめるから!

だが、『では、不良血馬や距離不適正馬・低タイム持ち馬の好走はどう説明するの?』と言われた時、これら世間一般の実績で評価した普通の予想では説明がつかない。それが内心悔しくてならない!( …皐月賞のロジユニなどはその最たる例! )

競馬をコラムする者として、私はそんな馬たちの激走・凡走にも必ず理由があると思っている……この点は、「サイン読み」の本家本元元祖である高本氏と思いを一つにする者である。

でも、私には「現在主流のサイン読み」はできない!!…だって、いま巷に流布している「サイン読み」は、良くて別のレースの出目の反映だとか、レース開催時に世間で話題になってることとくっ付けたものしかないからだ。それでは、競馬予想の根本である「競走」の観点から大きく外れてしまっているからだ。

現代「競走」は科学が発達し、理由の付けられない激走・凡走はなくなっている。しかし、それでも強いものが敗れるから面白いのだが、根本的には勝つ理由・敗れる理由があるからこそ「競走」は成立しているのである。逆に言えば、「競走」だからこそ理由の付かない勝ち負けはないハズなのだ!

…その点では、いまだに理由の付けられないロジユニヴァースが心配でならない!!なぜなら、それは管理者の無能を晒しているようなモノだから。プロの調教師にそんなことがある訳がない!

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