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名手と凡才の違い

メイン前に見た腕の差

本日09/23(火)、船橋競馬場で日本テレビ盃(第11R・1800m)が行われている。
(このコラムをアップする頃にはレースは終わっているだろう…順当なら戸崎(クリソライト)が勝っていると思うが…)
そんな中で行われた第10レース「秋風スプリント(1000m)」は、“名手と凡才の腕の違い”を示す好例な結果となった。
レースは圧倒的人気の真島騎乗馬がスタートから逃げ、一発先行した穴馬騎乗の増田が2番手につけ、これに並走する形で上位人気の澤田騎乗馬が追いかけ、これを追走する形で石崎駿が上手く内に切れ込んで直線に入った。
逃げる真島の馬は誰が乗っても勝てる馬らしく直線で番手以下を突き放すと、ムリ先行で直線でタレる増田を交わした澤田と石崎駿の競り合いが続いた。すると、道中5番手の内ラチを進んだ的場騎乗馬がポッカリ以上に開いた内を突いて伸びると澤田と石崎駿の競り合いを尻目に2着に飛び込んでしまった。
これこそ“名手と凡才との違い”を示す所で、11番枠スタートながら直線に入るまでに上手く内に潜り込んで澤田に競り勝った石崎駿は“そこまでは良かった”のだが、直線で有り余るほどに内ラチを空けてしまう辺りが凡才である事を示しているように見えた。
せっかく道中で好騎乗しても最後にキチンと結果として残せるか否かが名手と凡才との差であり、人気薄で3着に食い込んだ石崎駿も決して下手な騎乗ではなかったのだが、内を突かれて3着になる辺りが“所詮石崎隆の息子”としか評価されない所以なのだろう。

これは現在の中央競馬のジョッキーたちにも言える事で、彼らは大変頭は良ろしいものの、所詮は頭デッカチか、関係者の縁故でジョッキーになった者のため、たとえ好騎乗しても最高の結果(勝利)に結びつけるために必要な“プラスα=もう一つ上の好判断”ができないのである。
(逆に道中1ヶ所でもモタつくと全く結果を出せなくなるほど)
今回の石崎駿が見せた好例こそが、せっかく見せ場を作っても結果的には見せ場だけの好走までしかできない凡才の証しとしか私には見えなかった。

ちなみに、いま丁度第11レースが終わったが、グレープブランデーに騎乗して5着で終わった浜中には、「ちょっと情けなさ過ぎる」としか言えないほどひどい騎乗ぶりだった。
ある意味、これも白井競馬学校上がりジョッキーがよく見せるお粗末この上ない騎乗の好例である。
道中で同じ中央馬ダノンカモンにマクられても何もせず、ただでさえ近走成績の良くない騎乗馬なのに同馬を好走させようとする姿勢が全く見られなかった。
これは中央・公営問わずよく見られる“勝ち目のない馬に乗ったジョッキーがただレースの流れに乗って馬を1周させるだけ”の敢闘精神の欠けた騎乗である。
対して、タレるのも厭わずに果敢に逃げて3着に残った森泰斗の方が何倍も勝負意識が高かったのは誰が見てもすぐ気付くはず。
たしかに勝ち馬は調子の面でも抜けた存在だったので浜中は“あわよくば2着”と言う考え程度だったかもしれない。だが、それならなおの事、近走の成績が良くないからには逆に大敗してでももっと積極的な競馬をすべきである。
それをしなかったからには、いくら浜中が一流ジョッキーだとしても「不甲斐ない以上に情けない・だらしない」としか言えないだろう。

また、今回の浜中のような競馬を見ると、私はいつも名手と凡才の違いは「レースに臨む意識とレースを組み立てる順序に差がある」と思われてならない。
名手たちは、「どうすれば勝てるか」を考える時、トップでゴール板を駆け抜ける事を思考しているように見える。対して凡才たちは、道中の騎乗の仕方から考えているようにしか見えない。
だからこそ凡才たちの敗戦コメントの大半が、道中の位置取りが悪かった事(=暗に「馬の調子が悪かった」と遠回しに言ってるようなもの)ばかりなのかもしれない。

(たしかに人気馬がコケる理由の大半は厩舎の仕上げミスである。よほどジョッキーが下手くそでもない限りは。それを言う訳にはいかない点は騎手に同情する!)

たしかに道中の位置取りをスムーズにする事が勝利条件なのだが、問題は、そこから如何にトップでゴール板を通過するかを考えて騎乗しなければならない事である。つまり、騎乗意識・姿勢として道中の位置取りを考えるのは順当なのだが、それはあくまで途中経過であり、そこから何をするかが好結果に結びつく要因と言う事。
したがって、「道中の位置取りが悪かった事を敗戦理由にできるのはあきらかな不利を被った時しかない」と言うレベルで私はジョッキーを見ており、そのレベルに達していない者が多々見られるようになった最近のジョッキーたちに対して情けなさを感じてしまうのである。
たしかに100%勝てる馬に乗る事などほぼあり得ないのが競馬なので、いくら人気馬であっても負けるのは仕方ない。
しかしながら、その敗戦理由が道中の位置取りの悪さを挙げて欲しくないのである。なぜなら、今の未熟なジョッキーたちは、今回の浜中のように何ら対処もしてないのに“道中の経過を敗戦理由にする事”ばかりコメントするからだ。

(やはり競馬学校の中では武豊こそが筆頭&代表騎手なので)これは「武豊TV」の影響かもしれないが、私が見た所では“大方の者が対処できなかった理由”としてレースの経過を敗戦理由にしているのが大いに不思議でならないし、プロとしての資格がないように思われるのである。

さきほど終わった日本テレビ盃の浜中にしても、ローズSにおける福永にしても、本当に馬に全力を出させる競馬をしていないように見えるからには、“彼らが名手ではなく単なる凡才でしかない”と思って当然だろう。
おそらく福永や浜中などより、森泰斗や的場文男、あるいは品行不方性ながら御神本の方が“騎手技量はあきらかに上回っている”としか私には思えない・・・

読切感謝!
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