カテゴリー「心と体」の記事

2014 宝塚記念 結果コラム

上半期を締め括った八百長レース

ゴールドシップの初連覇で幕を閉じた宝塚記念。
さすがはダービーを制した横山典が3週続けて同馬の調教に西下しただけの事があると、こと勝ち馬に関しては誰もが納得できる結果であると思われる。
この点に関しては私も全く異論はなく、却って、『これこそ厩舎と騎手の本来あるべき姿である』と、予想は外れても何ら文句の付けようもない。

しかしながら、2着以下の着順に関して、ことに2・3着のジョッキーに関しては、あまりに主催者の思惑が見えすぎている事に私は不可解を越えて不愉快しか感じられない。
なぜなら、池添息子が展開に恵まれて2着になっただけならまだしも、一緒に福永息子が3着になってしまうなど、「ロクな腕も持っていないバカ息子たちが主催者の思惑によって八百長競馬で穴をあけた」としか評せないからだ。
これが、どちらか一方が馬券になったのであれば、「展開が向いた」とか「上手く乗った」とかの理由付けもできるが、共に人気薄の2頭がジェンティルドンナやウインバリアシオンの実力馬を抑えこんだとなると、「川田と岩田康が共にわざと負ける競馬をした」としか考えらず、引いては、「これは主催者がバカ息子たちを優先させる八百長競馬を仕組んだもの」としか考えられなくて当然だろう。

川田のような“今回1~3着になったジョッキーの後輩でライバルが後輩の浜中”という程度のジョッキーならまだしも、岩田康のように海外競馬でもキチンと日本馬を勝たせる腕を持っている“技術も精神も格上ジョッキー”が、凱旋門賞に乗せてもらえない池添息子やジェンティルドンナを掲示板にも載せられない福永息子のようなジョッキーの騎乗する穴馬の後塵を浴びるなど“本来ジョッキーの腕前・技術力の差”からしても有ってはならない事だからだ。
ましてやヴィルシーナなどは、ヴィクトリアマイルを勝たせた内田博をトーセンジョーダンのような終わった馬に回し、福永息子に乗り変わらせて3着になっているのである。
これでは、「バカ息子たちを好走させるために仕組んだ八百長」と評する以外に一体どう説明できると言うのか。
このジョッキー配置によって生じた今回の結果を鑑みれば、誰もが、「元地方ジョッキーたちの活躍を阻害したい主催者の思惑から発生した結果」と考えるしかないだろう。

そもそも元地方ジョッキーたちが中央に呼ばれるようになったのは、せっかく勝てる馬に乗せてもロクに結果の出せない競馬学校上がりジョッキー(…福永息子を筆頭とした武豊以降の次世代の未熟さ)に不満を持った馬主さんの意見をしぶしぶ取り入れたからである。
もしもそのまま元地方ジョッキーが実力どおりに結果を残してしまうと、「ジョッキーはやはり厩舎が育成するのがベスト=本当は競馬学校など必要ない」と言う事実が世間にバレてしまい、いずれ競馬学校は無用となり、国費が使えなくなるという怖れが生じる事になる。
これが短期間しか乗らない外人ジョッキーであれば(どうせ彼らは帰国するので競馬学校ジョッキーに乗り戻す事ができるから)いくら勝っても構わないのだろうが、転入した元地方ジョッキーたちに年中活躍されては、“主催者にとってデメリットしかない状況”になってしまう。
こうした事情から、主催者は元地方ジョッキーたる内田博を絶対に好走しない馬に回したり、今回の岩田康に負けるよう指示し、八百長だと思われても腹を括って池添息子や福永息子たちに好走させたのだろう。
だからこそ、この不可思議な結果を成立させるために4・5着の馬たちも操作せざるを得なくなり、掲示板に人気薄の武豊や浜中たちが載せられたのだろう。そうでなければ説明できない2~5着馬の結果なのだから。
したがって、全ては主催者が国費を使うための非常手段から発生した結果であるからには、決して池添息子や福永息子たちが上手い乗り方をしたのではないし、考えてもならない。

ただし、こと馬券戦略という視点で考えれば“これほど楽なジョッキー予想はない”と言える。
なぜなら、能力ある馬に実力あるジョッキーが騎乗するのが“本来有るべき人馬一体の姿”であるのに、主催者はあくまで下手でもバカ息子たちを優先して競馬学校の存在価値を維持しようとするからには、今後もこうした異常な騎手配置が起こった時は元地方ジョッキーが負ける事になるからだ。
道理で、私が「こんな不可解なジョッキー配置の馬は絶対買えない」と消した馬たちが見事に馬券になる訳だ。

ただし、こんなマネをしているようでは、日本競馬界の夢である海外の価値あるグレードレース(凱旋門賞やブリーダーズC)を日本馬が勝つ事など絶対に起こらないと断言できるだろう。
なぜなら、どんなに良い馬を日本生産界が作り上げても、ジョッキーが外国人頼みでは、海外の人々がそれこそ国の名誉を懸けて臨戦してくるレースを勝てる道理がなく、ましてや常々手抜きとヤラセで勝星を稼いでいる競馬学校上がりのジョッキーたちではジョッキーが馬の脚を引っ張る事になるからだ。
それこそ、今回のワールドカップ・サッカー日本代表のように参加するだけ、あるいは満足に実力を発揮できない言い訳をするのが精一杯という状況にならねば可笑しいだろう。

残念な事ながら、今回の宝塚記念のジョッキー配置と結果からして、「今後も実力のないジョッキーの不可解な勝星稼ぎや(武幸のような)下手なのに親兄弟のお陰によって幸運なG1優勝するジョッキーの登場」と言った現象がどんどん進むだろう。何しろ、主催者が初めから不公平を旨としてジョッキー配置を行っているからだ。
おそらく、そのうち福永息子のダービー制覇という恥知らずな事態も起こるだろう。何しろ彼の後ろには、主催者の援護というこれ以上ないバックアップがあるからだ。
また何より、彼ほど馬に恵まれていれば、本当なら見習いジョキー程度の腕でもダービーを勝つ事くらい楽にできなければ可笑しいからだ。

だからこそ、これだけは断言しておかねばならない・・・
福永息子や武邦息子たちより、戸崎、内田博、岩田康の方が絶対にジョッキー技量は上であると!
(こう言ってあげねばあまりに彼らが可哀相…腕のある者が主催者の思惑によって弊害を受けるなどあるべき姿ではないのだから!)


読切感謝!m(--)m…今後も私の消し馬(「X」)をお役立て下さい!(笑)
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2013凱旋門賞 結果コラム

2頭の結果と不足材料

“偉業ならず”…オルフェーブル2着・キズナ4着!
優勝馬トレヴィに突き放された結果だけを見るならこの一文で終わってしまうことだが、当コラムを読まれたことのある方でなくても、こんな一言で片付けられない様々な背景・状況があることはすぐに気付かれるだろう。

今回の挑戦において、まず一番に言わねばならないことがある。それは、オルフェーブルもキズナも全力を出した素晴らしい走りができたということ。そして、この両馬を送り込む努力を尽くした関係者には勝ち馬にも優る賛辞を贈らねばならないということである。
両馬ともに前哨戦を勝ち、「アウェイ以上の不利=完全敵地」と言えるロンシャンの地でともに人気の一角を占めるという状況で臨戦しているだけでもすでに偉業なのである。
それだけに勝てなかったことへの落胆は大きいのだが、ほんの10年前にはこんな日が来ることなど考えられなかっただけに、“まさかの日本馬1・2”という夢まで見せてくれたことには賛辞以外の言葉は思い浮かばないだろう。
たしかに今回は夢で終わったが、欧州(フランス)の意地と権威から欧州馬以外に勝たせる訳にはいかない凱旋門賞(勝つことだけならアメリカの方が遥かに勝ちやすい)という、世界一厚い壁に向かってあくまで挑戦し、もう一歩で偉業達成・奇跡の華を咲かせようした日本生産界の覇気の高さこそ、夢に向かって挑むことの大切さを我々に伝えていると言える。

たしかに過去にも凱旋門賞で好走した日本馬はいた。
特にエルコンドルパサー初の2着は、当時の年度代表馬がスペシャルウィークではなく同馬だったことからも大偉業であった証拠であり、しかも、蛯名正義が鞍上にも関わらず僅かの差だったことからも本当に惜しいと感じさせられた。
ただし、エルコンドルパサーは外国産駒であり、まだまだ日本生産馬が太刀打ちできるレベルでないレースであることも明らかなった。

次の2着馬がナカヤマフェスタで、同馬はそもそも大穴だったため多分にマグレの要素は強かったものの、初めて日本産駒が凱旋門賞に2着したという大きな意味合いを持つ馬だった。
同馬も鞍上が蛯名正義だったことで、その腕に見合わない結果に当初は『蛯名は欧州向きのジョッキーなのか?』という何の脈絡もない思考を抱いたものだが、今思えば、“そもそも2着になった2回ともが奇跡だった”と考えれば大いに納得できる結果【こんな騎手には負ける訳がないと一流騎手が舐めてかかったから2着にもぐりこめた=一流騎手たちの油断】であり、同馬の2着が意味する価値は、この程度の騎手でもここまでやれる日本生産馬は強くなっているという生産界にとっては大きな期待を抱かせたことにある。

そして、過去の不足を補って余りあるとして日本中の期待を背負って挑戦したのがディープインパクトだったが、ここで予想だにしなかった事実が判明する。
それは、日本競馬史上最高に技術ある騎手と思われた武豊が、まさか世界に入ったら凡才でしかなかったことに気付かされたこと。
ディープインパクトは紛れもなく日本一の馬であり、当時の欧州陣営も同馬の潜在能力は十分に認めていた。だからこそ、同馬に能力を発揮させない競馬をさせるべく武豊に先手を取らせ、全馬のマトにする戦略で同馬を3着に貶めたのである。だからこそ、勝ち馬が人気薄で漁夫の利優勝馬だったのだ。もちろん鞍上は名手(ルメール)だったが…「もしも」があれば、引っ掛るとか考えずにディープインパクトのペースで走らせてやれば良かったと、おそらく当時の武豊自身が一番思っただろう。
つまるところ、たとえ馬の能力では勝てなくてもディープインパクトの弱点を突けば勝たれることはないと考えた作戦が見事にハマった【日本側からすれば見事に嵌められた】結果が3着だったのであり、それだけ欧州陣営は日本生産馬の実力はすでに世界レベルに達していると見ていた訳である。

そして昨年のオルフェーブル2着。ほぼ万全を期して臨んだ結果、まさかのあの不思議な直線抜け出し後のバテ斜行。
私は今だに『あんな負け方があるのか?』と不思議でならず、悪い想像から『やっぱりスミヨンも欧州人』という発想が頭から消せなかった。
それでも、日本馬が凱旋門賞をいつ勝ってもおかしくないレベルに達していることを証明してくれたことで今回に至った次第である。

そして、今回の結果を見て、なおさら強い思いを抱かされた…
それは、日本生産馬が世界中を席巻する状況にならない限り、現状のままでは凱旋門賞を勝つことは厳しいと言えることである。
たとえば、今回もオルフェーブルの鞍上にはスミヨンを起用したが、いくら彼が欧州では異端児扱いされているジョッキーだとしても、母国を尊重する気持ちがあるからには手控えるつもりなどなくても自然引け目を覚えることは察せられるところ。手抜きなどという悪意はなくても、ここ一番死ぬ気で馬を追うという心を求めるのは酷な要求だろう。
だからと言って、池添が乗ったら2着すらも覚束ないことは阪神大賞典でオルフェーブルに捕まってることしかできない騎乗を見ればあきらか。
だからこそ、武豊の一発に期待したのだが、所詮は競馬学校の卒業生であるからには比較すればスミヨン以下の腕しかなく、オルフェーブルとアンテロ(ペリエ)にも負けてしまったのである。

つまるところ、日本人騎手が乗る日本生産馬でなければ勝ち負けする域に達することはできないということ。それも、外人騎手と同等技量の騎手で臨まないと凱旋門賞を勝つことはできないということ。
したがって、競馬学校における非実力主義が罷り通っている現状を打破しない限り、日本産駒は外人ジョッキーの腕に頼るしかなく、外人騎手に頼るからには国家的威厳を誇りとするフランス凱旋門賞を勝つことはできないことをイヤでも認識しなければならない。

おそらく今後も馬の能力では十二分にチャンスは訪れるだろうが、こと凱旋門賞はフランスという威厳を重んじる国が容易に他国馬に勝たせる訳にはいかないレーシングスピリットを持って施行されているレースであり、そんな破格に重みのあるレースを競馬学校出の中央騎手で勝とうなど高校生がメジャーリーガに勝とうとするようなもの。何しろ、思いっきり油断してもらっても蛯名の2着が精一杯であることがそれを証明しているのだから!

どんなに夢に近づけても、アスリートとはとても思えない思考と技術しかない騎手たちが易々と勝星を稼ぎ、おまけにここ一番では馬券になれば責任を果たしたと思ってコメントしているようなレベルでは到底不可能である。

そんな中、唯一中央騎手(日本人代表)として凱旋門賞に騎乗できる腕があるとすれば、誰をおいても今は岩田康しかいないだろう。メルボルンCも香港スプリントも元の主戦騎手では到底勝てる訳などなかったからだ。
もちろんM・デムーロが帰化して乗ってくれるというなら話は別だが、M・デムーロも生まれはイタリアであるからには欧州の威厳に潰される可能性は高く、外人である彼にそれを望むのは今回のスミヨンとなんら変わらないものだろう。ならば、今は岩田康しか日本代表として送り込める騎手はいない。

今週の京都大賞典の結果には驚かされたものの、競馬学校の未熟者たちを優遇しすぎていることがあからさまになった毎日王冠の結果にはほとほと情けなさしか湧かず、そこにキズナの4着を見てしまっては、是非ともオルフェーブル、キズナ、エピファネイア【特にエピファネイアには岩田康騎乗を期待する…今の騎手は最低のジョッキーなのでエピファネイアは破格の結果を出せる可能性が高いから】のいずれかに彼を乗せて凱旋門賞に挑戦すべきであると騎手を見る目のある方なら誰もが共感できるはず。

最後にこれだけは断言しておく…実力主義でない騎手界を正常に戻さなければ絶対に凱旋門賞など勝てはしないと!

読切感謝!m(--)m どこかで誰かの参考となりますように!
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2012年 中央競馬総括コラム

生産界と騎手界のギャップを埋めるには…

ルーラーシップ=クイーンエリザベスⅡステークス(香港)優勝。
ロードカナロア=香港スプリントS優勝。
そして、オルフェーブル=凱旋門賞で大惜敗2着。

今年も海外で活躍する馬が現れて日本産駒の優秀性を世界に表現できたのは誇らしい限りである。
特にオルフェーブルの凱旋門賞2着など、敗れたと言えども“もう一歩で偉業達成”を感じさせるものであり、夢が現実として見えてきたことを如実に表した最高のパフォーマンスだったと言える。

現在、日本の生産界は不況下から各地方競馬場の廃止が相次ぎ、自然と生産数の減少が続いている。それが却って厳選思考を呼んで質の向上につながっているのかもしれないが、本来なら生産数の減少は“土台の弱体化→質の低下→競走馬の弱体化”となるものである。
ところが、その常識を覆して伸張を続けている日本の生産界は本当に目を見張るものがある。

そんな生産界の伸張とは逆に、低迷に陥っているのが国内乗り役の勝負意識の低下である。

上記の海外活躍馬の鞍上もロードカナロアは岩田康誠だったものの、ルーラーシップはリスポリ、オルフェーブルはスミヨンという外人ジョッキーの騎乗によるもの。
事実、今秋の主要G1においても、天皇賞(秋)はM・デムーロに蛯名のフェノーメノが足元を掬われ、ジャパンCは池添乗り戻しのオルフェーブルが岩田康のジェンティルドンナに競り負け、朝日杯FSは横山典のコディーノがこれまたM・デムーロのロゴタイプに最後まで粘られるという格好で敗れ、トドメの有馬記念は2・3・5・6着まで外人ジョッキーに占められるという「鞍上の差」をイヤと言うほど見せつけられた。
なお、エイシンフラッシュは土壇場で三浦に乗り代わって4着になったが結局のところ3番人気の馬を4着にしただけのことであり、急な騎乗の割に頑張ったことは認めるものの乗り代わりの時点で馬券対象から外れたことには違いなく、決して褒められるべきものではない。

言うまでもなく、技術的にも一流外人ジョッキーに競馬学校の乗り役が勝てないのは当然のことである。だが、それにも増して問題なのは“競馬学校出の乗り役たちがみな1着を目指すという目的意識(執念・覇気)に欠けていること=競馬学校出の乗り役は誰もが勝負弱くなっている”ということである。

では、なぜ現在の競馬学校出の乗り役は勝負弱くなってしまったのだろうか…

思うに、現在の競馬学校出の乗り役たちは“馬の乗り方にのみ意識を取られて馬の能力を発揮しきれない=本質的に馬の能力を把握していないので馬の脚質に頼って騎乗することしかできない”からと推察する。
よりストレートに言うなら“馬の脚質通りに乗りさえすれば結果は関係ない=別に1着じゃなくても良い”という意識で騎乗しているということである。
だからこそ、いざ上級ジョッキーとの競り合いになった時、馬の能力で優っていながらことごとく競り負けてしまうのである。
要するに、展開や位置取りなどの段取りばかりに気を取られ、その先にある馬を実際に1着にするのに必要な技術対応レベルに達していないのである。

ちなみに、とある乗り役が『僕の仕事は馬の能力を発揮させること』と勝利インタビューの度に常々言っているが、たしかに乗り役としての志や旨としては当にその通りであるが、それは「あくまで土台であって目的ではないこと」を認識してないとしか思えない。
なぜなら、「本物の騎手」であれば、馬の能力を発揮させた上に結果を残すのが目的であることを知っているはずなのに、この発言をする乗り役本人が最もここ一番で馬を勝たせてない存在になっているからだ。
おそらく本人も頭では分かっているのだろうが、実際の騎乗でこれを実行できないからには軽口と受け取られても仕方ないだろう。だからロードカナロアを降ろされるのである。

ここで一つの逸話を挙げる…

ミスターシービーで3冠騎手となった故・吉永正人氏が、自らはダービーでの乗り馬がない年に人気薄馬でダービーに出る若手に対して『ダービー、頑張れよ』と声を掛けたところ、その若手は、温厚で知られていた吉永氏であったこともあり、謙遜しつつも『でも自分の乗る馬は勝てるほどの馬じゃないですから』と気軽に本音を応えた。
ところが、それまで温和だった吉永氏が急に様相を変え、『いくら人気がなくてもレースに出るからには何万分の1か知れなくても勝つチャンスはある。絶対に勝つ気持ちで乗らないとダメだ!』と厳しい口調で言い渡したという…

自らは乗る馬がなかった悔しさも勿論あったろうが、それでも温厚で知られた吉永正人氏ですら“どんなに望み薄の馬でも常に1着を目指して乗る意識を持っていたこと”を知らしめる逸話である。

「本物の騎手」とはこうした心構えを持つ者のことであり、だからこそスポーツマンでありアスリートと呼べる職業なのである。つまり、常に勝つことを意識している者だけが「騎手」と呼ばれるに相応しいのである。

もちろん常に勝ち続ける騎手など存在しないので、時には不可解な負け方をする時もあるだろう。まして現在の競馬は常に多頭数の中で行われる機会が多く、馬の能力差も接近しているため複雑さの度合も一昔前( 騎手が調教師の管理下にあった頃 )などとは比較にならず、それこそ鞍上の技量差がなければ勝星を積めない状況にある。
だからこそ、たとえ普段は中々勝てなくてもここ一番できちんと結果を出した乗り役には賞賛が贈られるのである。

こうした状況を生んだ主たる原因が、本来「職人技」である騎手という職業を誤まった認識で指導している競馬学校の教育の在り方にあるのは否めない。
しかも、それを助長するように「ある特定の乗り役を擁護する判定が行われている」から始末に置けないのである。
スミヨンが妨害したとしてあきらかに脚色の劣っていたローズキンダムが繰上げ優勝したり、またジェンティルドンナの鞍上が危険騎乗したとして2日間の騎乗停止処分にしたのに、マイルCSで武豊が横の馬を弾いた事象は審議にすらならなかったのがその好例である。

では、どうすれば今の勝負意識の低下と騎乗意識を向上できるか…

まず、対象者によって差別があるとしか思えない審議を公平な判断を持って行うこと。
これは「正しい状況認識を持って事に当たる」という当り前のことを判定するだけの簡単なことである。

たとえばジャパンCの岩田康は、逃げ馬の直後から狭い所を突いたためオルフェーブルを横に弾き出したということで長い審議の末に降着にはならなかったものの2日間の騎乗停止を受けたが、そもそもジャパンCの審議の原因は、ジェンティルドンナの方が内側に位置取っていたにも拘わらず外からオルフェーブルが馬体を寄せてきたために起こった事象である。正直な話、外から馬体を寄せたのに弾かれた池添の技量に呆れるほどで誰もが『審議対象は逆じゃないか?』と思ったはず。
ところが、発表から審議対象はジェンティルドンナの方であり、「行司差し違え」どころかそのまま岩田康が騎乗停止を受けたことに誰もが「岩田康は差別された。競馬学校じゃないから!」と考えてしまうのも当然だろう。

その逆にマイルCSでは、武豊が馬群を割った際に起きた馬の横弾きは審議にもならなかった。
たしかにマイルCSの横弾きを審議対象にしなかった判断は正しいものだと私も思う( 最後の直線で横並びになった中から抜け出す際に馬体が接触して横に弾かれることなど起こって当然の事象…ある意味弾かれる方の馬&騎乗がぬるい証拠 )。
それでもジェンティルドンナの行為を長い審議対象にするのなら、罰則はさておきマイルCSのサダムパテックも審議対象にすべきだったはず。少なくとも武豊が馬群を割った際に起きた事象で接触が起きたのは事実であり、誰もが「武豊は競馬学校だから審議の対象にもならない」と思って当然である。

公平な観察眼で競り合いを判定する意識が曖昧どころか偏見があるのでは、特定の乗り役以外の者が不公平感を覚え、疎外感からやる気のない騎乗を誘発することにもつながるだろう。
その意味では、四位の油断騎乗による30日間の騎乗停止処分も不公平さが招いた事象と言えるかもしれない。【言語道断ではあるが!】

こうした「論外な出来事」を無くすためにも、まずは自らを律し意識を改めねばならないだろう。

次にしなければならないことは上記よりも簡単である。
それは、あきらかに優遇された馬に乗っている特定の競馬学校の乗り役に対する恩恵姿勢を改め、乗り役の起用判断を厩舎と馬主側に一任することである。

現在、外国人騎手が競馬学校の乗り役の職分と思われるところまでどんどん侵食している状況にある。これは間違いなく馬主の意向によってより勝てる可能性を追求した結果であり、競馬学校の乗り役が如何に未熟であるかを最も証明しているものである。
そこで苦肉の策として管理者たる主催者が、競馬学校の上位乗り役に配慮して優秀な馬に騎乗させていると思われるが、先述の曖昧な審議よろしく、その特定の乗り役たちが安定した騎乗を保証されることで勝負意識に欠けているためことごとく競り合っても負けてしまっている。
その好例が今秋のG1戦の結果であり、要するに、下手に甘やかしたがために乗り役全体のレベルが低下しているのである。

当初は、勝たなくても食える身分であるのが問題と考え、乗り役の賞金配分を削るのが速攻策と思ったが、特定の乗り役優遇が続くからにはそれでは騎乗レベルを上げることにならず、それどころか単に格差を広げるだけになり、下手をすると青木の訃報のような事態を余計に引き起こすことにもなりかねない。
ならば、より結果を出さねばならない状況に乗り役全体を置くのが一番であり、それにはより馬を知るためにも乗り役に日々厩舎に足を運ばせるのが一番であると考えられるだろう。
厩舎に足を運び、厩務員と触れ合って馬の特徴を確認し、調教師のみならず馬主を納得させるだけの日々の努力を怠らないことで自己の技量を向上させ乗り役全体のレベルアップを図るということである。

これの究極例として挙げられるのが、ディープブリランテをダービー馬にすべく厩舎=厩務員と膝詰めまでした岩田康の行いだろう。
ディープブリランテがダービー馬になれたのも、騎乗停止中を同馬に費やした岩田康の行いにあったことは騎手界ならずとも誰もが認めるところである。
ただでさえ技量上位の彼が勝つことに集中するのだから、競馬学校の乗り役がどんなに馬に恵まれていようとも彼に勝てなくて当然であるし、ましてや勝たねば食えない外人騎手に勝とうなどお笑い種でしかない。

過去に戻れとは言わないが、より馬に触れ、より馬の特徴を掴み、より厩務員などと交流を深めることで勝つために騎乗する意識を養うのが最良策と思う次第である。

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堀調教師の会見拒否…推測コラム

考えられるのはただ一つ!

6月3日(日)、安田記念・ユニコーンSを連続優勝した堀宣之調教師が海外メディアも控える中での会見を欠席したことが波紋を呼んでいる。

たしかにこの会見拒否は不可解で、たとえ師が上手く話せない肉体的な状況にあったとしても、何度も主催者から要請されながらも拒否という非常識な行動を取る理由にはならない。まして、通常ならその日行われた重賞レースを連勝するというこれ以上ない精神的充実感・達成感の中であれば会見拒否(欠席)などしないはず。

だが、それでも師は会見を拒否した。
つまり、主催者に迷惑を掛けても構わないと判断するほど「師を憤慨させる何かが会見前にあった」と考えざるを得ないだろう。

そこで思い当たるのが、この日の2重賞を勝ったのが共に騎手福永祐一社台ファーム生産馬であること。

堀厩舎が生産牧場社台ファームの「お抱え厩舎」であることは周知の事実。
よって、誰かが師に向かって『今回の優勝も全て社台のおかげ!』という(誰もが知っている)悪口を言ったとしても、普通なら師が会見拒否をするほど気分を害するには当たらないはず。
仮にこうした悪口が他の騎手・他の馬主・他の調教師から発せられたとしても、逆に師は、『悔しかったらお前らも引き受けてみろ!』とそれこそ高見から堂々と会見に出れたはず。
また、これがマスコミ関係者の発言だったとしても、主催者側には何ら迷惑を掛けられる理由(落ち度)がないからには、再三の要請があったからには我慢して会見に臨めたはず。

したがって、とても信じられない推測になるのだが、師の気分を害させたのは「JRA関係者」であるとしか考えられない。
主催者側の誰かの心無い発言が原因なければJRAに迷惑を掛けてでも会見拒否する理由がつかないからだ。
そして、これを裏付けるような非常識な発言をしたバカな職員(キャリア)がいた前例がJRA(主催者)にはある。
それは、今回2重賞を勝った福永祐一の父・洋一が落馬事故で死線を彷徨っていた時、病状を心配して集まった者たちがいる中、『騎手の代わりはいるから…』というトンでもない発言をした人非人の大バカ者がいたことである。
(もしかするとこの非常識発言のうしろめたさがあるからJRAは祐一に良い馬ばかり回しているのかしれない…始祖は武豊だけど!)

今「我が世の春」を福永祐一が満喫していられるのは、父・洋一の名声とJRAのおかげであるのは周知の事実。父の1/10の技量もセンスもないのに重賞を勝てるのも、JRAの偏執した騎乗配分のおかげだからだ。
(ブログだかツイッターで心ない競馬ファンから「死ね」と書かれて本人は憤慨したそうだが、たしかに「死ね」は言い過ぎなので怒って当然だが、元はと言えばダービーでワールドエースに乗っても勝てない程度の騎手に誰が見ても不可解としか思えないほど良い馬が回っているバカらしさを毎週見せられてるからには、世間の競馬ファンから侮辱されるのも当然だし、何より今回の土日全重賞制覇も「ヤラセ」と言われても仕方ない)

だからこそ、そんな祐一を甘やかして勝たせている主催者が祐一に対して悪口発言してもそれは一向に構わない。語弊ではなく、祐一などそれこそ本来JRAからも侮辱されても当然のレベルしかない。

だが、実際に馬を管理・育成する調教師や助手たちに対して主催者が侮辱するのは完全なお門違いであり、それこそ「お役人の奢り」でしかない。
(調教師に侮辱発言ができるのは、馬券を買っている競馬ファンと馬を預けている馬主さんと馬を預ける生産者だけ)

そもそも主催者は、場所や環境を管理・整理する公平中立の立場であり、せいぜいマスコミを利用しての売上げ向上と生産界の発展・維持に務める機関であるはず。
現在、主催者が騎手や調教師を管理していられるのは、全て国民の税金を使っているからに過ぎない。
したがって、主催者に付随して生きているマスコミや主催者の思惑で勝星を左右される騎手を批判するのは構わないが、実際に馬を管理する調教師や助手に対して批判的発言など一切してはならないし、できなくて当然。何しろ主催者は自分たちで馬を育成などできないのだから。
そもそも、実際にレースに馬を送り込む立場の者を軽視する発言など言語道断であることは言われなくても自覚していなければならない。

もしも今回の堀調教師の会見拒否がこの推測通りなら、問われるべき・改めるべきは「主催者側の誤まった意識」と「迂闊な発言をした身内の大バカ者に対する処罰」となるのが当然で、調教師の責任を問うのは二の次となる。

私は今回の会見拒否に、一見すると子供っぽい師の行動に対し調教師としての意地を見たようで賞賛すらしたい気分に感じた。
もちろん今回の推測が正しければの話だが…!

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騎手評価…柴田善臣

クラシック未勝利の騎手会長?

競馬学校第1期生にて騎手会長を務めた現役騎手の重鎮。
ズバ抜けた騎乗特性はないものの、人気薄を人気以上に走らせることができ、堅穴両面で安定した騎乗のできる騎手である。昔流に言えば、「当たりの柔らかい騎手」と言えるだろう。

彼に関して技術面での注文は何もない。その気になれば、馬を好スタートも出遅れさせることもできるし、その気になれば、相応に馬群を捌く技術も持ち合わせているからだ。
比較対象するにはおこがましいが、こと騎乗技術に関しては、叔父の柴田政人の現役時代より上手い騎手である。

そんな騎手でありながら、彼には不思議な事象がある。それが、騎手会長経験者でありながら未だに「クラシック未勝利」であることだ。それも、牝馬クラシックすら獲ってないのである。
これは、結果的に未勝利である点は同じでも、福永祐一がその騎乗技術の未熟さによって牡馬クラシック未勝利であるのとは正反対の事象である。

過去において、騎手会長を務める・務めた者は、その技量・実績もさることながら、騎手全体のバランスを取るという大仕事があるために勝星を積めない状況に陥ることが多々あった。具体的に言えば、騎手に関わる冠婚葬祭などの公事に追われるため騎乗に集中できないのだ。
しかしながら、騎手会長を務める・務めた者で3冠レースの一つも取れなかった騎手を私は記憶しておらず、これまでの常識からすれば「騎手界の七不思議」と呼べるものである。

推測だが、「柴田善は次節に恵まれなかった騎手」と言えるのではないだろうか…
彼がデビューした頃、世間はバブルの真っ只中で騎乗馬にこと欠きはしなかった。だが、主催者は、それまでの「東高西低」から「東西拮抗」の目論みによる売上げ向上のため( 当時は関東の競馬人気の方が高かった )、また、それまで厩舎に縛られていた騎手の立場強化による競馬学校設立の意図のため( これは主催者の意向が馬主と深いつながりのある厩舎に競馬を左右されるのを防ぐ意味がある )、新規高額馬主を関西で開拓し、自然と関西に良い馬が流れる傾向を作り始めた時だった。
その後、彼が関東騎手の代表として実績を積み上げた時、すでに騎手界は武豊時代に移り、当初「東西拮抗」を目論んだはずの競馬界は、完全に西高東低になってしまい、「叔父が柴田政人」というだけで関西との縁が薄い彼にはクラシックを獲れるような馬が回ってこない環境になってしまった。

これだけなら彼を「技量のある不運な騎手」と評しても間違いではないが、残念なことに、彼自身が競馬学校第1期生という代表的立場から、事故を防ぐための安全な騎乗という主催者観念に左右されてしまい、おかげで、若い頃に見せた鋭い追込みや果敢な逃げをほとんど見せなく、否、できなくなってしまったのが牡馬クラシック未勝利という形で表れているのだろう。

それでも私は、彼の技量が横山典や蛯名に劣るものだとは決して考えておらず、競馬学校卒の関東騎手だけで比較するなら、横山典弘よりも馬に負担を掛けない騎乗ができ、蛯名正義よりも追える騎手だと思っている。ただ、彼らより自由度に欠けてしまったのが惜しまれるばかりで、逆に、責任が重くないから横山典や蛯名は勝たせてもらっていると思って間違いないだろう。

その意味でも、彼が牡馬クラシックを勝った時が彼の引退の時ではないかと思うが、そのためには、何時有力馬に乗せてもらえるかが問題だろう…一体、誰の馬が回されるのか、楽しみでならない!

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上手い騎手の基本

理詰めなら馬群を捌ける者

上手い騎手、上手さのある騎手の基本となるもの…それは「如何に馬群を捌けるか」に尽きると思う。どんなに馬の能力が秀でていても、最後の直線で前が壁になったり、もしくは馬群を捌くのに手間取ったりすると勝てないことは周知の通りだからだ。

この観点からすれば、本来競馬において理想的な展開とは、自らペースを作る「逃げ切り」であると言えるのだが、「逃げ切り」は馬の能力をモロに露呈する脚質であり、しかも距離が長くなればなるほど自滅覚悟の他馬に競りかけられる不利も背負っているため、力量接近の現代競馬においては、逃げ馬の逸材が登場しないのも至極当然だろう。

したがって、騎手の目指す理想の展開は、「馬群の不利を受けない先行競馬」ということになる訳だが、馬の能力差の少ない現代競馬では、馬の脚質だけで理想の展開に持ち込めるほど甘くなく、下手な騎手になるほど無為に脚を使って直線でタレてしまうのが関の山となっている。

過去にこの無為な脚使いをよくやっていた代表例が、先日調教師を引退したG調教師や「カフェ」で有名なK調教師の息子2人。その他、N谷、M田、K淳、F康、S井、D宰、I橋M&S、そして、ひと昔前のS哲、K宏などの伸び悩み組と称された騎手たちである。

S哲やK宏は、今ではそこそこ控えることもできるようになったが、元々が追える腕や決め打ち騎乗の判断力がないので、所詮は能力ある先行馬に騎乗しないと馬券になれないのが惜しまれる。

裏返して考えるなら、差して際どいレースのできる騎手が「上手い・上手さがある」と言え、引いては、差して危険な騎乗になったとしても「それこそ技量の裏返し」と言えるだろう。スミヨンが失格になっても誰も彼が下手だと思わないのと同じである!

私が福永祐一を【史上最大のヤラせ騎手】と評価する理由がここにあり、彼は、関東のヤラせ騎手の代表たる三浦皇成よりも追う技術がなく、しかも馬群を捌く能力にも欠けているため、できることと言えば、せいぜい決め打ちの差し、もしくは逃げ切りしかできない。だからこそ、先に挙げた無為な脚使いしかできない騎手たちが乗っても勝てる馬でしか結果を残せないのだろう。【 昨春のレーヴディソールや今秋のジョワドヴィーヴルなど誰が乗っても勝てる馬。もし武豊が馬主と揉めていなければ東西リーディング2位に居られる訳がない…まるでボクシング界の誰かさんのよう。実力ではチャンピオンかどうか怪しいボクサーと同じ! 】

とは言え、馬群を捌ける騎手が少ないのも現状にあり、今年のジャパンカップダートで和田くんが馬群を捌いて2着に来た時、「生まれて初めて和田が馬群を捌くのを見た!」と驚愕させられたほど。それほど今のJRA騎手、特に競馬学校卒の騎手たちは馬群を縫う技術に欠けている。

強いて馬群を捌けるJRA騎手を挙げるなら、関東では、柴田善( ただし、最年長なのでもう滅多に見せてもらえない… )、横山典( 彼の場合は馬群を捌く前に良い直線で壁を作らない位置取りが上手い。また、差し・追込み時の決め打ち判断に長けているのが特徴… )、吉田豊( ただし、彼の場合は厩舎に恵まれないのが問題… )、そして、内田博騎手の4人である。

これら4人からすれば、蛯名は位置取りの上手さはあるものの追いが甘く、松岡・田辺・三浦も馬群を縫う技術がまだ甘いだろう。

関西では、すでに世代交代の片棒を担いでいる武豊と安藤勝は抜きにして、岩田康( 彼の場合は横山典に近く、好位で折り合わせる技術に長けているのが特徴で追込みだとやや不安な面あり )、ハマったときの藤田と川田( ともにハマらないことがほとんど…今年の春天の藤田はハマったが… )。

つまるところ今の関西騎手では、安藤勝と岩田康を除き、残り3人は他の騎手たちより上手く捌けるというレベルであり、馬の脚質、枠順、スタート位置によっていくらでも結果が変わってしまう可能性が高い。

これらの好例となったのが今日の阪神カップで、見事に馬群に塞がれて墓穴を掘ったのがリアルインパクトの福永とオセアニアボスの石橋脩であり、平気で追うのを諦めた福永には「やっぱり」の思いしか残らなかったが、後方で競馬を進めて馬群を割れずにモタついた石橋脩のレース運びには捌き以前に「何やってんの?」と思わされたほど。【 たしかにジャガーメイルを一流馬にできなかっただけの腕前だ… 】

何より、勝ったのが吉田豊、2着がデムーロ、3着が武豊だったことで、「如何に馬群を捌けるかがデカいか」が分かるだろう!

それにしても、池江寿、松田博、堀などの上位厩舎が、どうして福永祐一に良い馬を回し続けるのかが不思議でならない?…もしも、「これが騎手の実力に見合った割り振りだ」というのなら育成意識の低さに甚だ呆れるばかりではないだろうか。【 これは間違った指摘ではないはず! 】

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騎手評価…福永祐一

福永祐一=不思議な騎手

福永祐一という騎手ほど評価のし難い者はいない。なぜなら、彼の騎乗に関しては何一つ抜けたものが見当たらないにも関わらず多くの勝星を上げているからだ。

強いて挙げれば、「スタートは無難」ということだけなのだが、それでも彼と同等にスタートが切れるという者であれば、池添、藤田、四位などのダービージョッキーたちは無論こと、藤岡佑、浜中、川田の中堅ジョッキーや高倉、嶋田純でも充分許容範囲であり、文字通り「無難」でしかないのである。

「では、何故に彼は今年全国リーディングのトップ争いをしているのか」…それは、彼の乗せてもらっている馬の能力が破格であるからだ。

「では、何故に彼は能力ある馬に騎乗できるのか」…それが分からないので不思議な騎手であると評価するしかないのである。

本来、騎手にはそれぞれ長所というものがある。

例えば中舘・武豊騎手であれば、「スタートの上手さ(=馬の脚をスタートから二の脚まで無駄なく使わせられる)」がある。蛯名・柴田善騎手であれば、「位置取りの上手さ(=道中から仕掛け所までの位置取りで馬に負担をかけない)」がある。横山典騎手・三浦くんであれば、「追いの上手さ(=矯めた馬の脚を最後まで使わせる)」がある。

しかしながら、彼にはその特徴が一切ない。たしかに際立った欠点がないとは言えるかもしれないが、他者より抜けた部分もないのに岩田康騎手に匹敵する勝星を挙げているのはとても解せない話である。

だからこそ、「馬の能力で勝たせてもらっている騎手」としか評せないのである。

デビュー時、若手騎手たちが自身の目標として先輩騎手の名を挙げるが、私の知る限り、『福永祐一さんです!』と応える新人騎手にはお目にかかった覚えがない。できれば、そんな新人が出て来て彼の良い部分をコメントしてくれれば良いのだが、残念ながらそんな奇妙な新人を見たことはない。

彼を好評価するなら、「教科書通りの騎乗が出来る」というのが一番かもしれないが、最低限の騎乗が出来るようになったからこそ競馬学校を卒業できる訳で、その点は他者でも充分に騎乗できるはず。

私的評価であるが、私の見る福永祐一という騎手の技術レベルは、【 佐藤哲の追いの甘さ< 彼 >三浦の先行競馬の下手さ 】であり、岩田康・安藤勝・内田博・(戸崎圭)・武豊までを一流とすれば、中舘・柴田善・横山典・蛯名・吉田豊・松岡・田辺・藤田・四位・幸・池添・川田・浜中らの次点騎手、後藤・石橋脩・吉田隼・三浦・佐藤哲・藤岡佑・和田・秋山らの次々点騎手らの一人でしかないと思えてならない。

良くて平均的な技量しかないのに勝星は一流クラス…私でなくとも、彼が不思議な騎手であると思うのは当然ではないだろうか!

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今日イチの上手・下手ジョッキー

今日上手=武豊。今日下手=佐藤哲。

馬の脚を殺した佐藤哲の位置取り下手さにマイッタ…その象徴が新潟10Rの稲妻特別アフォードの騎乗ぶりである。
新潟1000mにおいて各馬が外に寄ってくるのはバカでも分かっている常識にも関わらず、機転の利かない騎乗であっさり他馬に壁を作られる始末。挙句、松山君のお手馬のため人気になってもやる気のない福永息子の後ろを回って外目に出すという後手騎乗。おかげで、馬は脚を余らせての2着という最低の騎乗となってしまった。
観ていた私はガッカリを通り越して憤慨してしまった。なぜなら、WIN5の1着予想にアフォードを買っていたからだ。
【完敗なら諦めもつくが、騎手の下手さで少差負けほど堪ったものじゃない!】
馬主さんがアーネストリーを凱旋門賞に行かせなかった理由は不明だが、少なくともこんな騎手を背にして行かせられなかったことだけは確か。

逆に上手かったのは武豊…好スタートから後方まで下げるというミエミエの浜中君勝たせの乗り方をしたが、そんな騎乗でキチンと2着を確保して見せたのには正直驚いてしまった。
【普通あんなに後方に下げて2着には来れない!】
これこそやっぱり世代交代のために福永息子などに馬を回されているのは間違いない証明。なぜなら、勝ってはいけない馬でも人気馬である以上しっかり着だけは拾っておかねばならない役目をキッチリ果たしたから。
【勝つべきところで柴田善君にアタマを持っていかれるニセリーディング奇手とは根本が違う!】

ただし、今回のWIN5がキャリーオーバーになったのは、新潟でキッチリ結果を出せなかったニセ天才福永ユーイチと外人と少差だと思っている佐藤哲のせいなので、次回の楽しみを増したという意味では貢献度大と言える!
【いつもこういう仕事をしてくれるなら文句はない。それにしても、下手なくせに大口叩くからファンが白眼視していることに気付かないのか?…まぁ、気付いてないから年上&技量上位の岩田康に君付けで会話するのだろうが!…とにかく、一日も早く引退して予想会社の予想屋にでもなれば良い。今では競馬学校の教官もムリだろうから…だって生徒全員が腹の底で「主催者の恩恵で勝たせてもらってる元騎手が何を能書きタレてんだよ」と思うはずだから。何より、エセリーディング奇手が教えられることなど「安全に1周回ってくること」ぐらいしか出来ないだろう!】

安藤勝・内田博はもちろん、本来岩田康騎手が存分に腕を揮われればリーディングなど絶対になれない最低ジョッキーたちの実力の程が見られた今週の競馬であった!

もうアカン!田中勝。
いまだに現役ではあるが、彼はヴィクトリーで皐月賞を勝たせてもらったのが有終の美と言えるだろう。なぜなら、今回の新潟2才Sだけを取り上げても分かるように、自分の騎乗してた馬に優勝を攫われるような騎手を主催者が後押しする訳がないからだ。
とは言え、彼は「ツイてない奇手の代表」とも言える。なぜなら、彼は騎乗意識のお手本を「岡部」に見習ってしまった古いタイプの奇手だからだ。
岡部を見習うということは騎乗を組織として考えるのではなく個人技として捉えている訳で、その点では横山典や蛯名などと同様で問題ではない。だが、技術だけを吸収すれば良かったのだろうが、如何せん彼は騎乗意識までも岡部を真似てしまった。
技量で岡部に近付ける訳もなく、それでも個人の騎乗に拘る意識が強すぎるため今の組織競馬では必要とされなくなり、引いては皐月賞を勝たせてもらった以降、宗像厩舎お抱えフリー騎手の道しかなくなってしまったのだ。
【自分がアシストしてもらって皐月賞を勝たせてもらった義理がある以上、技量はそこそこあるのにアシスト役にしかもうなれない!…今日も柴田善君に馬を持っていかれたのが良い証拠。ただ、柴田善君も「他人の馬を回して勝つだけの奇手」なので所詮は一過性の存在でしかないが…一体誰が関東騎手をこんな体たらくにしたのかっ!…とても残念だ!】

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第143回天皇賞(春)(G1) 結果コラム

オカルト&ご祝儀だらけの2011年天皇賞(春)

所用があってリアルタイムでレースを見ることができなかったが、結果を知った時、『見てなくて良かった~』と思わずにいられなかった。
なぜなら、1・2・3着馬が、全て馬の実力・能力やジョッキーの技量でなく、完全な騎手へのご祝儀と主催者の意図によって作られた天皇賞だったのが分かった上に、人気馬をコカしたジョッキーがレース直後に笑っていたという姿を見なくて済んだからだ!

1着…ヒルノダムール【58.0・ 昆 ・藤 田】

ドバイWCでヴィクトワールピサの引き出し役を果たした藤田へのご祝儀……これ以外に同馬が勝ってしまう理由はない!

大阪杯を1番人気で好タイム勝ちしたから?…これは単に前走結果からの推察でしかない。第一、ならば同馬と接戦以上の成果を出していたローズキングダムがなぜ意味不明の惨敗となったのか?ローズキングダムは菊花賞でも同馬以上の脚を出していたのにだ!

これによって、今回武豊が馬を本気で走らせなかったことがあきらかになり、これまで彼が勝って来たものは全て主催者によって作られたものであるのを証明した。

想定以上の惨敗=やる気がない・気持ちが入ってないからどんな着順でも構わなかった=最初から勝ってはならないレースだった。だからこそ惨敗できたとなり、引いては、ジョッキーの意思を上回る存在に左右されているという明確な証拠。【…でなければ、4・5着馬に論外な馬が来た理由がつかない

つまるところ、所詮武豊も親のおかげで勝たせてもらっていた存在だったということで、『縁故があってよかったねユタカくん。君も福永と一緒じゃん!』と言ってあげたいほど。道理で欧州・北米では活躍できない訳だ。【やはり学校では天才など生まれないという証しで、今の成績不振こそ彼の実力。ウオッカを降ろされたのがよい証拠!】

また別に、藤田の勝ちで証明されたことがある。それは、【現在の競馬界は、馬は世界に通用してもジョッキーは世界最低レベルにある】=これが「競馬学校卒ジョッキー」の実力であることだ。

たしかに、ジョッキーの実力だけで競馬が決まらないのは分かっている。だからこそ「馬優先主義」なる思考が罷り通って下手なジョッキーが勝つことが起きるのだ。また、それだからこそ競馬は面白いものなのだろう。

しかし、それだとローズキングダムが掲示板にも載れないという理由がつかない。いくら武くんが上手くないとはいえ、馬の能力からして11着になる訳がないからだ。

体調不良?展開不向き?…そんな理由は却って調教師の管理不行届きやジョッキーのミスを証明するだけ。いくら橋口厩舎がここ一番では勝てない厩舎とはいえ、それこそ調教師を侮辱するようなものだし、おまけに3000勝以上の勝星を上げているジョッキーが下手であるのを証明するだけになるからだ。
だったら心房細動や骨折してたという理由の方がまだマシ。少なくとも本質を見透かされないからだ。

つまるところ、競馬学校出ジョッキーは、どんなに優秀でも基本的に勝つ順番を決められて騎乗しているということ。だから、トゥザグローリーを惨敗させたジョッキーが笑顔でいられるのだろう。これが2年連続ダービージョッキーになったというのだからチャンチャラおかしな話である。
【よくもファンの罵声に文句が言えたもの。つくづくジョッキーが順番で勝たせてもらっていることが明確になった瞬間だったろう。畏れ多くも、陛下より冠名を戴いたレースを何だと思っているのか!…恥を知れ!】

2着…エイシンフラッシュ【58.0・藤原英・内田博】

帰宅後に見た直線の映像において、内田博が1着馬を交せるのに、交わさない乗り方をしたのがはっきり見て取れた。勝ち馬より鋭い伸び脚であったのに、わざわざヒルノダムールに馬体を接しに行って脚色を鈍らせたからだ。真っ直ぐ走らせていれば絶対に交わせたのに!

逆になぜ2着にならねばならない理由があるのか解せなかったが、主催者の立場から考えた時に答えが分かった……それがあのメジロマックイーンのCMである!

オカルトはご勘弁と思っていたので気にしてなかったが、交わせる脚なのに交わさない理由がJRAのCMに準ずるものであれば理由がつく。91年のメジロマックイーンのゼッケン番号を背負った同馬は2着にならねばいけなかったのだ。(…皐月賞のサダムパテックのように!…ともに2着ジョッキーが元地方=技量あるジョッキーというのが今年のミソ!)

これを見た瞬間、『やっぱり内田博も主催者に取り込まれているんだ』というのがはっきり分かった。特にゴール後に勝ちジョッキーと手を合わせたのはマズかった。あれはどう見ても、「アシストも上手くいったし、おめでとう藤田くん」の姿でしかない。

とは言え、その行為自体はJRAのジョッキーである限り仕方ないなので私的には一向に構わないと思っているが、おかげで主催者が如何にレースを意図的に仕切っているかがバレてしまったのは戴けないだろう。
【世の中には観れば分かる者もいることを忘れてはならない。こんなマネしてると一層馬主離れに拍車を掛けること必至だからだ!…でも、オウケンやロジのように、大金を出してくれればいきなりクラシックを勝たせてもらえる例もあるけどね!】

ただ私的には、敢えて藤田を勝たせる→競馬学校出を優遇する→今後も下手なくせに勝利インタビューに出る三浦・福永・四位・藤田・横山典・武豊の姿を見せつけられる…のが気に入らないが…!

3着…ナムラクレセント【58.0・福島信・和 田】

マイネルキッツがすべきレース運びをしたのが同馬。つまり、間違って勝ってしまっても許される存在だったのが同馬・同ジョッキーであったということ。

ただ惜しむらくは、鞍上がテイエムオペラオーにおんぶに抱っこに肩車されて今があるジョッキーだったこと。さすがは、たまたま景気の良い時にジョッキーになり、渡辺とワンセットで一時だけ盛り上げ役を担わされただけのジョッキーである。勝っても良い時に勝てないのだから本当に上手くない証拠。

彼については語るべきものは何もない。南関東4競馬場に行けば彼くらいのジョッキーは何十人も見れるのだから!

ついでに言えば、厩舎も天皇賞3着が分相応。それとも苗字が被災地と同じ「福島」だから3着に来れたのかもしれない!

◎…やってくれるねペルーサ!

負けは仕方ないとは思っていたが、馬も適性がなかったし、ジョッキーもその程度でしかなかったというのが今回の結果ではっきりした。【同馬の出遅れ癖も、元はといえば横山典がダービーで覚えさせてしまったこと。せっかく安藤勝が普通に出れるように戻したのに。もったいない!】
道理でオークスで蛯名と抱き合って喜べる訳だ。自分が勝っていれば悔しがるのが本物のアスリートのはずなのに、仲良く1着同着で馴れ合っているのだから。
【彼もお父さんとメジロのおかげで今があるのだけ。否、上手く負けさせる技量だけはある学校出のジョッキーというレベルが正解!…まあ、武豊から馬を回してもらってダービージョッキーにしてもらった程度だから今回の結果も当然と言えば当然だが…】

▲…今後は福永のおこぼれでももらってなさい!

騎乗が決まった時点で勝てるとは思ってなかったが、結果13着で、四位くんはやっぱり武豊の後ろにしか付けられない子分ジョッキーであることが証明されたのは、納得の反面、ガッカリさせられた。

ただし、今回トゥザグローリーが大敗したことは、勝ち馬が昆厩舎(…ディープスカイでダービーを勝たせてもらった厩舎)だったので仕方ないだろう。何より、これで四位という存在が如何に組織的ジョッキーの重要な一員なのかははっきりしただろう。

でも、もうダービーを2回も勝たせてもらってるんだし、今後は柴田善のように必要な時だけ必要に応じて掲示板を拾うジョッキーで居ればよい。
【ところで、今回の「福永のケツ持ち」のお返しが一体どの重賞で返してもらえるのかが気になって仕方ない……まさかG1を勝たしてもらえるってことは…???】

※オカルト&ご祝儀競馬と化した天皇賞だが…

考えてみれば、天皇賞というレースは春秋ともにオカルト&ご祝儀の固まりのようなもの。
初の天覧競馬となった秋の天皇賞の時も、絶対に打ち合わせしてなければできないであろう「松永幹の見事な馬上礼」もあるし、テイエムオペラオーの大阪杯4着からの巻返しもあったほどだから。
ある意味、今回こそが「天皇賞らしさ満点」といえるものであり、結果に関しては何らおかしな思いはしない。

ただ、あまりに主催者が「腕のない競馬学校出を優遇し過ぎる」のが腑に落ちない。
いくら全員自分たちが育てた手駒だからって、あんまり特定の下手な子を優遇するのは良くないと思うからだ。

三浦が国営放送で語った言葉も、2度目のダービー勝ちの時に四位が罵声に文句を言ったのも、元はといえば甘やかされているから自分の力で勝ったと勘違いして発してしまった言葉である。
その意味では、腕のない後藤が腕のある吉田豊をシメたことは間違いではなかったと言えるが、所詮後藤も大した技量がある訳ではなく、マスコミ受けが良いから今の地位にいるだけの小型柴田善でしかない。

そこで思い切った発案だが、競馬学校の入学基準を下げ、もっと大勢入学者を取り、その中からセンスのある者だけを厳選していく方式を取り入れたら良いのではないだろうか。

今のままでは、一般だと騎乗センスより学業優秀者が優先され、競馬関係者だと下手ばかりが生き残ってしまう。

豪腕の血を引かないGくん、親のセンスを引かないKTくん、あげくは勝ったらマズいからとゴール前で腰を上げて馬を追わなかったMくんばかりではちょっとマズすぎ!

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ヴィクトワールピサがドバイWC優勝

世界にもあった「人情相撲」に感謝しつつ…

角居厩舎のヴィクトワールピサがドバイワールドカップで優勝した……正直『まさか!』の思いであり、オールウェザーとはいえダート競馬であるからには日本の芝競馬で好走している馬たちが勝てるなどとは思っていなかったからだ。

たとえば、この優勝が凱旋門賞で好走したナカヤマフェスタであったならここまでの驚きにはならなかったろう。オールウェザーに向いているといわれる欧州芝競馬で好績を残しているからだ。

しかしながら、それでもヴィクトワールピサの優勝は喜ばしいかぎりであり、世界に通用する馬の育成を目指していた日本生産界のこれまでの努力がここで華開いたことに深い感慨を覚えずにはいられなかった。

ただし、喜ばしい思いの中で一つだけ不可解な思いが残った。それがトランセンドの2着である……トランセンドはたしかに現在日本を代表するダート馬である。だが、はっきり言って世界に通用するほどの力量を持っているとは全く思っていなかったし、今でも思っていない。しかも鞍上が藤田くんのままだったので、『たとえ日本馬の好走があったとしても同馬は日本馬の中では最下位か最先着のどっちかだろう』としか考えていなかった。

本来ならそんな馬までが2着に頑張ったことは喜ばしいことなのだが、同馬の好走が却って「人情競馬」を際立たせる結果になってしまったのが胸に引っかかったのだ。

しかし、私は「この結果が八百長である」と考えてはいない。良い意味での人情相撲、この場合は「人情競馬」と呼べるものだとも思っている。

八百長と人情相撲・競馬の違いは、自らの損得を捨てているのが「人情~」であり、誰かの損得が優先されてしまうのが八百長なのである。いうまでもなく両者は似て非なるものなのだ。

ただし、現在日本の競馬が外人ジョッキーに席捲されているのは周知のことであり、先日の高松宮記念でも同じ好スタートを切りながらジョーカプチーノの方は不利を受けたとして惨敗を喫し、キンシャサノキセキは史上初の連覇を果たした。この結果にジョッキーの技量差が絡んでいることは誰もが認識できるように、ジョッキーの技量差が如何ともし難いのは現実なのである。

凱旋門賞のナカヤマフェスタとヴィクトワールピサのように、馬の調子はさておき、ともに競馬学校出の日本人ジョッキーだけだったらトランセンドの好走を不思議に思わなかっただろう。だが、ブエナビスタのムーアを差し置いて2着したのがトランセンドの藤田なのである。馬でも劣り、ジョッキーでも劣っていること明白なのにこの結果とは、これが人情競馬でなくて何であろうかと思ったのだ。

レース後のコメントで「ここまで(少差2着に)来れたので悔しかったが、相手も日本馬なので…」と述べたそうだが、それが余計に日本のジョッキーが如何に置かれた立場で結果が左右されているかを象徴しているようである種の「虚しさ」を感じさせられた。

再来週から春のクラシックが始まり、その先陣を切って桜花賞が行なわれる。

おそらく事故さえ起こらなければレーヴディソールが完勝するであろう……大した技量もない鞍上が勝つことになるのだが、ここで明言しておくが、【今のレーヴディソールの実力なら鞍上がもっとマシならば牡馬クラシックに行っても勝てる】はず。今の同馬の能力はそれほどズバ抜けており、特にトライアルで見せた馬の賢さ(4コーナーから追い始めたジョッキーの動作をあざ笑うかのように「ここで抜け出せば勝てる」とばかりに直線半ばになって本気で走り出した姿)は圧巻だった。.

しかしながら、シンボリルドルフに岡部が騎乗したように、義理人情を超えたジョッキー技量優先で良い馬により上手いジョッキーが配されるようにならなければ日本のジョッキー技量の向上は望めないだろう。事実、「武さんの馬に乗れば10回中9回勝てる」などと公共放送で述べたニセ天才のような馬鹿者が増えるだけでなく、今以上に競馬離れに拍車を掛けることになるからだ。

せっかくの優秀馬を無駄にしないことにならないか……一日でも早く「勝つための乗り方を知っているジョッキー」に変わることを願うばかりである。(馬の能力を引き出すのがジョッキーの仕事などと彼が述べるとつい笑ってしまう…勝つための乗り方を知らない者の言葉にしては上出来だから!)

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